慶応大学の井手英策教授は、「分断社会を終わらせる」や「誰もが受益者になる」などと言われ、魅力的な提案だと思っていました。また今年3月の民進党党大会での講演は胸を打つものでした。

しかし井手教授は同時に消費税を上げるとも言われています。その理由が知りたくてで7月27日に全水道会館で行われた「頼り合える社会へ~人間の顔をし た財政改革」と題した講演に行ってきました。福島みずほさんのみずほ塾サマーセミナーです。

井手英策さん「頼り合える社会へ」

「このままでは自己責任で社会が引き裂かれる」

井手さんはまず、現状の分析から入ります。

    • 子育て、教育、老後、病気、住宅など現役世代は何もかも自己責任で、高齢者向け支出に比べて現役世代向け支出が低い。
    • 世帯収入300万円未満が全体の33%、400万円未満は47%。世帯収入はこの20年で2割近く低下している。
    • 貯蓄がないと生きていけない自己責任社会であるにも関わらず、貯蓄ゼロ世帯は2人以上世帯の3割、単身世帯の5割に達する。
    • 1997年-98年から非正規雇用比率が増大し始める。
    • 1998年から男性自殺率が跳ね上がる。自殺率は世界で6番目に高い、先進国では1番。若者の自殺率も高い。注)可処分所得が一番多かったのが1997年

現状から問題を提起します。

    • 成長に頼る社会でよいか。
      1973年~1990年平均4.3%、1991年~2016年平均0.9%
      12年間1%成長を続けると20年前に戻るという計算になる。成長を当てにすることは幻想である。あれだけのことをやっても成長しないことを証明したのがアベノミクスであるということだ。
    • 格差是正で闘うから負ける?
      老後は不安という人が85%。
      あなたはどの所得階層と聞くと中と答える人が、92.1%
      誰もが生活不安におびえている社会という発想が大切
    • 「再分配の罠」にはまったリベラル
      貧しい人が受給者である場合、みんなが受給者である場合に比べて全人口に対する相対的貧困率は比較的高い。
      租税抵抗や低所得者層に対するバッシングがある。
    • 弱者への同情なき「冷たい財政」
      貧しい人に給付して所得格差を是正する力は、OECD21ヵ国中19位。
      富裕層に税をかけて所得格差を是正する力は、OECD21ヵ国中最下位。
    • 引き裂かれた社会を次の世代に残すのか
      所得はもっと公平にされるべきだ58ヵ国中39番目
      どのくらい自由を感じるか58ヵ国中51番目
      自国の戦争のために喜んで闘うか58ヵ国中58番目
      自国に人権への経緯があるか52ヵ国中34番目

価値を分かち合えない、仲間意識を持てない「人間の群れ」や共感でなく「自己責任」を求める人びとになっている。

現実のくらしは低所得層なのに中間層だと信じている人が多いので、その人たちに向かって格差是正だと言った瞬間に、反リベラルになり、NHKスペシャルで貧困の事例として取り上げられた女子高生に対して、「あんなものが貧困ではない。貧困はがまんしろ。」という反応になる。なぜリベラルが政治で勝てないかといえば、リベラルの正義とこの社会の正義がずれているからだ。

相模原事件の加害者は、失業、生活保護中止、大麻(=貧困の象徴)と3つの問題を抱えている。明らかに弱者であり、弱者が弱者をたたいたのが相模原事件。

「頼り合える社会への道」

ではどのようにしたらよいか。

今まで言ってきた「格差是正」を違う旗に作りかえる必要がある。

“All for All” お金で人間を区別しないという哲学

消費税なら金持ちからとれる公平な税だ。取ったものをちゃんと使えば格差は小さくできる。増税が駄目なのではなく、税の使い道が問題。取られた税が私たちに返ってこないのが問題。政府を信頼できないなら税の使い道をチェックすべき。増税反対なら増税がなくてよい社会にするプランを示してほしい。もらえないのに払う人はいない。自分のくらしが楽になると分かったときに払うものだ。

所得が200万円の人と2000万円の人に20%課税し、定額の現物給付を200万円すると生活水準は360万円と1800万円となり、格差は10倍から5倍に減少する。

重税国家でなくイギリスとドイツの中間ぐらいの負担率となる軽負担国家を目指している。税というのは社会の貯蓄であり、全ての人々の生活を保障すれば結果的に格差は小さくなり、成長力を高め、財政を再建する。

20兆円(例えば消費税なら7%)の大増税でも、財政赤字はほぼゼロ(10兆円)、医療費(4.8兆円)、大学授業料(3兆円)、幼稚園・保育園(8000億円)、介護(8000億円)、障がい者福祉(数百億円)。負担がゼロになる訳ではないが、増税で暮らしの安心を買うことができる。

成長が目的ではない。目的は将来の不安をなくすこと。「分配革命」といっている。

「子どもに投資する」という言い方はやめてほしい。金儲けの道具に子どもをするのか。「子ども保険」は子どもがリスクだということになる。それはおかしい。

生まれた時の運・不運で人生が決まる社会を終わらせる。

最後に井手さんからの問いかけ

増税反対はひとつの考え方。ただし、それが「どのような社会」につながるのかを示さなければ無責任

質疑応答

  1. ベーシックインカムはどう考えているか
    大反対。ベーシックインカムだと貯金するようになる。サービスとお金は違う。お金では取られても、もらえていないことに気付く。サービスならみんなが必要とする。理由は命のみ。本当にお金で必要なところ以外は全部サービスとする。
  2. 企業への税金のかけ方は?
    企業には配当課税までひっくるめて議論する必要がある。
  3. 消費税は逆進性であり、違和感を感じた。
    消費税の逆進性が言われるがヨーロッパのどの国を見ても格差は少ない。
  4. 払っても幻のままになってしまうのではないか。
    民主党政権下の消費増税が失敗だった。それを超えるためには徹底した自己批判が必要。相続税や累進性を上げるべきだと思うが、生活の保障があって初めて議論する余裕ができる。
  5. 他の人たちにはどのように伝えたらよいか
    生きていくためのニーズや暮らしていくためのニーズは必ずある。暮らしや生存のニーズを満たすことが大事。増税しないことでどんな社会がやってくるのか考えてほしい。
  6. みんなの範囲はどこか。
    北欧では移民が入って支持を増やしている。アメリカやイギリスでは反移民が勝ったがフランスなどでは勝っていない。生活保障されている社会ではポピュリズムが機能しない。転落の恐怖がない。中の下の人たちをこちらに引き込まなければいけない。
  7. この考え方で野党共闘は可能か?
    給付面では異論がでてこないのではないか。税のベストミックス。消費税と言った瞬間に駄目というのは乗り越えてほしい。

井手さんの個人的な体験に裏付けされて力強く、大変示唆に富んだ話だと思いました。私たちがどんな社会を目指すのかから出発するのはなるほどと思います。

ただ、消費税は福祉に使われると言われてきた歴史があります。「思いやり予算」などは使い方を検討できる余地もあります。本当に増税でないと駄目なのかはもっと検証する必要があると思いました。

機会があれば周りの人とも議論したい、そんな内容でした。

井手英策さん「頼り合える社会へ~人間の顔をし た財政改革」(みずほ塾)

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